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トンガ王国の日本人|中尾重平が駆け落ちした王族の娘とは?国王の家系図

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日本のはるか南に位置するトンガ王国。透き通るようなブルーオーシャンが魅力的な南太平洋に広がる島々から構成されています。

そんな日本から遥かなたに位置するトンガ王国。飛行機が整備されている令和の時代であっても、行き来するのはかなりの時間と労力がかかります。

ですが飛行機や船が今よりも整備されていなかった時代に日本からトンガ王国に渡った日本人がいます。

 

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トンガ王国の日本人 中尾重平が駆け落ちした王族の娘とは?

海底火山の噴火で大きな被害が出ているトンガ。日本のはるか南に位置するということはうっすら知ってはいても、実際にどんな国なのかとなると、?となってしまいます。

そんなトンガ王国には、昔から多くの日本人が関わりを持っています。そして中には、トンガ王国の王族と駆け落ちをした人がいるといいます。

トンガ王国の王族の娘さんと恋に落ち、身分の違いから結婚を許されず、駆け落ちした日本人、それが中野重平さん。

中野重平さんは、和歌山県出身のダイバーで真珠を発掘する仕事をオーストラリアで行っていました。1920年初めころのことです。

1920年ごろというと、第1次世界大戦が終わり世界各国で戦争の影響が出ていたころ。中野重平さんも宝石の発掘ダイバーの仕事を失い、オーストラリアからトンガ王国へ仕事を探してやってきました。

トンガ王国で中野重平さんは、理髪店を経営したり、ガソリンスタンドを経営したり、輸出業を始めます。

その頃、トンガ王国の王は、サローテ・マフィレオ・ピロレヴ・トウポウ3世。女王でした。在位期間は、1918年から1965年。

トンガ王国 日本人

中野重平さんが駆け落ちをした王族の娘さんというのが、時の女王の姪 メレアネ。日本人がトンガ王国の人々に好意的に受け入れられていたとはいえ、王族の王女と結婚するなんて、身分が違いすぎます。

そんなのありえない!と王族の方々が反対する気持ちもよくわかります。日本でさえ、皇室の方のご結婚に関して、世間はあれやこれや言いたくなるもの。

外国から来た男に王女を取られるなんてありえないことだったのでしょう。そんな反対を押し切り、駆け落ちをした中野重平さんとメレアネ王女。

サローテ・トウポウ3世をはじめ、周囲の反対があったものの最後には、サローテ・トウポウ3世自身が結婚を認めてくれたそう。

王族として日本人、中野重平さんを認めてくれたと知ると、サローテ・トウポウ3世が人のよさそうな方に見えてきます。

 

 

トンガ王国国王の家系図

トンガ王国の歴代国王は以下の様になっています。

トンガ王国 日本人

国民から受け入れられない中、即位したサローテ・トウポウ3世

中野重平さんが王女と駆け落ちした時、その恋を認めてくれたのが女王サローテ・トゥポウ3世。女王サローテ・トゥポウ3世は、1900年生まれ。18歳でトンガ王国の王となりました。

18歳という若さでトンガ王国の女王となったサローテ・トゥポウ3世。

サローテ・トゥポウ3世の家系は、トゥイ・カノクポル朝。対するトゥイ・トンガ朝の人たちは、サローテ女王がトンガ王国を治めることを快く思っていません。

サローテ女王の即位からしばらくの間は、国民からの信頼を勝ち取ることに労力を費やさざるを得ませんでした。

そんなサローテ女王ですが、駆け落ちした王女と日本人・中野重平さんとの結婚を認めたりと、寛容な対応が国民の信用を勝ち得ていったのだと想像します。

サローテ女王3世の結婚相手は、トゥンギ・マイレフィヒ。トゥンギ・マイレフィヒとの間には、3人の子どもを儲けました。

  • シアオシ・タウファアハウ・トゥプラヒ(のちの国王 タウファアハウ・トゥポウ4世)
  • ウイリアミ・トゥクアホ
  • シオネ・ング・マヌマタオンゴ(のちの首相 ファタフェヒ・トゥイペレハケ)

 

まとめ

『トンガ王国の日本人|中尾重平が駆け落ちした王族の娘とは?国王の家系図』としてまとめてきました。

日本からはるかかなた南太平洋に位置するトンガ王国。そんな遠い島にかつて日本人が生きていたことがにわかには信じられません。

ですがトンガ王国と日本との関係が良好に続いていることから見ても、日本とトンガ王国、何かひきつけあうものがあるのかもしれません。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

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